性行為がそれ自体暴力であるかどうかは当事者が決めることだとしても、性衝動は即ち暴力衝動であり、自分と自分を生かしている世界とを木端微塵にすることを究極の目的とする。

現実の他者への暴力は、それが屈折して外界へ投影されたものに過ぎない。
従って私はグロとエロを同根のものとみなすし、死こそが最も純粋なエロであると考える。

これは論証によって導かれた結論ではなく、私自身が自分の中で起こる情動を観察した結果だ。 性の対象という言葉を、「それを想像するとオーガズムを促すもの」と定義すれば、その広がりと深さの一端が理解される。このような性の対象を広く捉えれば、そこに共通しているのは女体や生殖などではない。
自分の肉体と精神、大切なものを汚し破壊する、死のカタルシス。



写真は、東京新国立美術館の時代のプリズム展。
ブルガリ展の後にふらっと立ち寄り、心が惹かれた1枚。