性行為は単に好きな相手だから自然に相性がいいという単純なものではなく、恋愛感情があるからといって身体の相性まで自動的に保証されるわけではなく、そもそもそこにはいくつもの独立した要素が複雑に絡み合っている。
たとえば、性行為そのものに対する好き嫌いの度合い、相手の体臭や口臭、爪の長さや髪や肌の清潔感、性的嗜好の一致や相違、性欲の強さのバランス、体力や持久力、見た目の好み、肌の質感や触れたときの感覚、日常の労働や生活習慣による疲労度合い、足腰の強さ、部屋や場所の環境の快適さや清潔さ、性器そのものの形や大きさ、角度などの物理的な要素、トラウマの有無、プライバシーの確保、さらに自分の欲を解放することへの躊躇いの有無、そして身体の緊張度合いなど、数えきれないほどの要因が関与している。
これらがすべて複合的に関わるため、恋愛感情が強くても身体の相性が噛み合わないことは珍しくないし、逆に恋愛感情が薄くても身体的には驚くほど合うこともある。だから「好きな人とセックスの相性が良い」という状況は、単なる気持ちの延長ではなく、数多くの要素が奇跡的に噛み合ったときにだけ訪れる稀少な現象だと言える。
好きな人と合わないからといって、それを「自分のせいだ」と責める必要は全くなく、なぜなら、相性の不一致は個人の能力や努力不足ではなく、体質や嗜好、生活習慣、神経系やホルモン状態、さらには環境要因までを含む膨大な条件が絡み合った結果だから。
むしろ、相性が合わない状況を「自分の欠陥」と短絡的に解釈してしまうこと自体が、余計な苦しみを生む原因になり、合う・合わないは「誰が悪いか」ではなく「どういう組み合わせか」の問題であり、その人自身の価値を損なうものではない。
自分を責めることではなく「どこまで歩み寄れるか」「どこからは無理をしないか」を見極めることで、相性が奇跡的に噛み合うこともあれば、そうでないこともあるのが自然なことであって、それを個人の責任や不足に還元する必要はない。
赤坂見附の唐揚げ一筋というお店で、デカ盛り唐揚げ丼。
ジャンクフードもB級グルメもレストランテのコース料理も、美味しいものは何でも好き。
個人的には、食の好みが合う人は性的好みも合うように感じる。