人は受け入れられる容量があると思う

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うわばみのように
大抵を飲み込むように受け入れられる
化け物級の人もいれば

ほんの数滴で溢れる
おちょこのように
世にある大半が受け入れられない
容量の少ない人もいる
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ふんわりイメージだけ聞いたら
おちょこタイプは
避けられるかもしれない
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だが技術開発や精緻、精密な知識、
「こだわり」やノーミスを求める
妥協しない分野なら
おちょこタイプこそ至高だろう
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事実どこまでも妥協せずに
自らの限界さえ度外視で
人類は細菌や衛生、薬学や医療
製鉄、新幹線やロケットを生み出してきた
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一方で教育やヒューマンエラー込みで
挑戦する開拓、基礎研究、ゲーム
様々な積み上がる先人の亡骸の上で
作り上げた「国」などは
うわばみタイプが理想だろうと思う

失敗の先にある成功を掴んで
技術として、あるいは成分、経験値など
意欲や野心を育てていく分野は
怖れず挑戦させる為に
失敗し、許せる度量が必須だ
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人には適材適所がある
そういう当たり前の話にすぎない
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生き辛いのは
今いる場所と自身の性質
それらの不一致と
そのズレの振れ幅によるのかもしれない
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社会に出て迷子になった時
その都度見直すようにしている
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生まれ持った容量を正しく知り
適した環境に向かう
その為の心の羅針盤を
人はみんな持っていると思っている
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あとはその感覚を研ぎ澄ませ
羅針盤の赴くままに
信じて進めばいい
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五感以外の感というのも
案外当たるものだ

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