💝千と千尋の神隠し裏設定
勃つねで応援-
-
この女の子を
お気に入り -
共有で応援
知ってる人も多いはず。三橋はジブリ作品が大好きである( ^∀^)
千と千尋の神隠し裏設定
1.テーマは風俗
赤い提灯は全世界共通で売.春宿の印であった。現在では飲み屋が赤い提灯を下げているのを見かけるが、元々は売.春宿から来ていると言われている。売.春宿では食事を振舞うこともしていたので、それが現在の居酒屋や飲み屋にも影響しているそうだ。作品に出てくる橋や建物も赤く塗られており、夜になると湯屋には赤いランプが灯る。また、建物の内装は遊郭を想起させるものである。
2. 湯女風呂について
物語の中で「千尋は湯女になる」という設定である。湯女という言葉は辞書で次のように書かれている。「江戸時代、市中の湯屋にいた遊女」。遊女とは売.春婦のことである。日本では昔、湯女風呂が流行っていた。流行った理由は二つある。
一つ目は、湯女風呂が個室浴場であったということだ。昔の銭湯は今とは違い男女混浴であった。男性は風呂に入っても落ち着かず疲れなど取れるはずもなかった。それ故、銭湯に行くのを好んでいなかった、というのは有名な話である。男専門の風呂を求める彼らにとって、個室でくつろげる湯女風呂は男性にとってうってつけの場所であった。今でいうところのソ◯プであり、この個室浴場は作中にもはっきりと描かれている。
二つ目の理由は、売.春の隠れ宿であったということだ。湯女風呂は売.春自体がメイン売りであった。室町時代、売.春は政府に完全に管理されていた。吉原など政府の管理下以外での売.春は犯罪であった。吉原などは税金を政府に納め、その代わり政府は病気などの衛生面をきちんと管理するという構造であり、いわば安全で楽しい極楽施設であったと言えるだろう。しかし、吉原も一定の男性にとっては落ち着かない場所であった。客と性.行為をするかどうかは、客ではなく花魁(店側)が決めるのである。もちろん、客がその間に飲んだり食べたりする分は全て自腹である。何度か通い、気に入られて初めて行為にいたるのである。今でいうとキャバクラのような場所であり、店側すなわち花魁は客を選ぶ。いくら金を使っても気に入られない男は存在する。そして非合法売.春が始まった。「うちは客が来たら誰も断りません」これがいわゆる湯女風呂である。湯女との性.行為は、客と湯女との個人的な恋愛とみなされていたので、政府が取り締まるのは難しかった。
千と千尋でも汚いどろどろの客が湯屋に訪れるシーンがある。入室までしてしまった客を断ることなく、千尋が風呂に案内して洗い、その客を(自転車ではあるが)千尋自身が「抜く」のである。そして客は昇天して店を出ていく。また大根神と千尋がエレベーターに乗り途中で止まり上階の様子の描写を数秒入れたのも暗示である。
さらに契約の時に湯婆婆が言った「絶対に嫌だとか帰りたいとか言ってはいけない」という典型的な湯女風呂の方針であるセリフからもわかる通り、やはり売.春宿を舞台にした物語であるということが見て取れる。
そして千尋は「今日からお前の名前は千だ。」と湯婆婆に言われる。この「千」は風俗でいう源氏名である。
以上のような理由から、作中には大浴場は無く客は皆、男なのである。「湯女=売.春婦」という言葉の定義からも分かるように、千と千尋は売.春を匂わせた物語ではなく、宮崎駿が湯女という言葉を使った段階で、売.春そのものを描いた物語なのである。
3.ラストシーンに隠された駿のメッセージ
最初にトンネルを抜けようとするとき、怖がる千尋が母にすがりつく。母は「千尋、そんなにくっつかないで。歩きにくいわ」と言う。そして終盤、トンネルを抜け出るときに、千尋はまた母にすがりつき「千尋、そんなにくっつかないでよ。歩きにくいわ」と言われる。
一般的な展開ならば、千尋が成長して、母にすがりつかずにしっかりと歩く、という描写にするだろう。そうしなかった理由は、成長物語に対する不信だ。
宮崎駿は次のようにコメントしている。
最近の映画から成長神話というようなものを感じるんですけど、そのほとんどは成長すればなんでもいいと思っている印象を受けるんです。だけど現実の自分を見て、お前は成長したかと言われると、自分をコントロールすることが前より少しできるようになったぐらいで、僕なんかこの六十年、ただグルグル回っていただけのような気がするんです。だから成長と恋愛があれば良い映画だっていうくだらない考えを、ひっくり返したかったんですね。
と。